飼い主のいない猫たちの地域での共生を目指します。 生き物に優しい町は人にとっても住みやすい町。
 藤原モロノブの白い猫
2017年08月05日 (土) | 編集 |
今日は、昔、むか~しの話、です。

私たちが、数年前に猫の手術のお手伝いをした、お寺の話です。

今から、1200年前、時は平安時代。
女の人が眉全部抜いて、まあるく書いてた時代の話。

都に藤原師長(モロナガ)という公家がいました。
時の権力者、平清盛に嫌われて島流しになりました。

流された場所は、なんと、瑞穂区。
この人、そのとき、42歳。厄年でした。。

「あ~あ、2度目の島流し、今度ばっかりは帰れないかもなぁ」
と考えました。
最初の島流しは18歳。まだ若かったです。
でも、こんどばっかりは、
「歳も歳だから、今度の場所は、まさに終わり(尾張)の地になるかも」
なんて考えたに違いない。

その頃の寿命、40歳くらいだから、かなり長寿な方です。
当時の都と瑞穂区の違いは想像もできないですが、
まあ、食べ物は、こっちの方がよかったかも。
だってその頃は、海も埋め立てられていないから海も近いし、山崎川で鮎もた~くさん取れただろうし。

とにかく、生きて帰れないと思い、都から大好きなものをたくさん一緒に持ってきた。

その持ち物の中に、私が考えるに、猫も入ってたんじゃないかと、思うわけです。
この人、琵琶の名手でした。つまり音楽家。音楽家といえば猫好き多し、です。

なぜこういう考えに至ったのかというと、、、
ネコ達の手術の手伝いをしたこのお寺の庭を、彼は大好きだったそうで、しょっちゅう遊びに来てたそうです。
1200年前の話です。
この時代、猫は大事にされていました。経典やお米なんかをねずみから守ってくれるから。

この春、私は、お寺の裏手を見る機会を得ました。
お寺の門や窓を直すのに、アキさん*(下に注釈あり)とアキさんの知り合いの職人さんを、
お寺に紹介することになり、彼らに
修復してほしい箇所を見せるため、これまで入ったことのないエリアに
入りました。職人さんを紹介するに至ったいきさつは説明すると長くなるので省略します。

とにかく、
「天然の木と、人工林なんて比べものにならんくらいの違いだ」が、口癖のアキさんを連れて、寺の中庭らしき
もの初めて見ましたが、結構すごい。と思ったんです。

大きな龍が天に昇るような形をした見事な古木が数本。ススキが揺れるかなり風情ある裏庭も見ちゃいました。
一瞬タイムスリップしたみたいな感じがし、なんとなく、「気品のある古のロマンを感じる庭」だなぁ。と思ったわけです。

だから、あとから、この公家のおじさんが、庭が好きでしょっちゅう遊びに来ていたということを知り、
なんとなく、わかるかもと、妙に納得。
おそらく1200年前はもっと素敵だったに違いない。

あそこで、得意の琵琶をひきまくり、それを聞いた村人は、見たことのない雅な都を想像したのかも
しれません。 

とにかく、白猫の多いお寺だったので、モロノブさん、白猫を籐の籠なんかに入れて、
大事に持ってきたんじゃないかと。
この想像が当たっていたら、
白ちゃんの、ママのママのママのママの、、、、1200年前のママは、京都出身!
それも公家の猫だった。( ^ω^ )

1200年経っても、月も太陽も猫も変わらないのに、人間だけがずいぶん増えて世の中を目まぐるしく変えてしまいました。
ちなみに平安時代の人口は500万人ほどだったらしい。空いてていいです。
現代は、そこら中、アスファルトで町が乾いてます。十二一重なんて着てなくても熱中症になってるし。(;_;)

名月の晩に、あそこで団子食べながら、ススキ見ながら、琵琶なんぞ聴いてみたいもんです。
涼しい夏と雅な時間。。いいニャ\(^o^)/

*注釈 アキさん=家業が代々きこり。材木の目利き。外見と違って奥が深くて面白い。
下草刈が大好き。会うと「天然のうなぎ食べたことあるか?」といつも聞いてくる。
苦労して作ったヒノキの丸太の猫ベッド。どの猫も入らず、ペンディング中。



8/5(土)里親会です。たくさん猫参加します。
SYさま、ご寄付ありがとうございました。大切に使わせていただきます。

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