飼い主のいない猫たちの地域での共生を目指します。 生き物に優しい町は人にとっても住みやすい町。
 子供たち
2014年07月24日 (木) | 編集 |
猫の話でなく、最近ずっと気にかけていることを書きたいと思いました。

日本から遠い国の話です。
学生時代、アラブ人の友人がいました。ホッサムと発音して呼んでいました。
明確には違っていたんだと思うけど、みんなそう呼んでました。

ホッサムと彼の男友達は、カフェテリアの一角に集まって、いつも何やら話していました。
彼らの国では男女はきちんと仕切られていて、男の集まりに女性は参加しません。

でも私は彼らにとっては異邦人だから、別の枠組みに入っていたみたいです。
広いカフェテリアで一人でご飯を食べていると、
「どうして一人で食べてるんだ?」と必ず私を見つけて聞きました。
アジア人だから目立っていたかもしれないけど、彼の観察力にはいつも驚きました。

「みんな先に行っちゃったから」と食べながら答えると、すこし面倒くさそうに、
「。。こっちに来なさい」と言います。
なんで。と思うけど、仕方ないからトレーを持って、ホッサムの後をついて行きました。

ホッサムは、自分の友達が集まっている場所から少し離れた場所に私を座らせ、
私から少し距離を置いた席に、なんとなくぎこちなさそうに腰掛けます。
仲間の目を気にしているようでした。チラチラ仲間を見つつ、
私が食べ終わるまで、面白い話をしてくれます。
私が食べ終わると、「じゃあまたな」と言って、さっさと仲間のいる場所に移動。
「またね」と私。

数回そういうことがあった後、そうかぁ アラブの人は一人でご飯食べることしないんだ。
ということに気づきました。
だから彼なりに気を使ってくれていたんだ。決して、私たちの間に特別な感情はなく、ただ、単に
そういう面を持つ人たちなんだ。 と感じました。

今パレスチナで多くの子供たちが死んでいます。
本当なら、仔犬や仔猫をかわいがり、平和な土地で両親に守られながら学校に通っているはずの子供たち。
大勢のイスラエル兵に囲まれ、おしっこを漏らしながら連れて行かれる少年や、爆弾の破片で頭をなくした子供や、
両手で手を覆いながら泣いている子供たちの写真を見ると、悲しくてやりきれません。
どうしてこんなことを続けているのか、何が理由でもこの争いの代償は、大きすぎます。
戦争で犠牲になる子供なんて世界に一人もいらないです。

もし、アンネ・フランクがイスラエルの首相だったら、こんな展開になったんだろうか?
子供たちが戦争で泣かなくてもよい世界を与えてあげたいです。







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