飼い主のいない猫たちの地域での共生を目指します。 生き物に優しい町は人にとっても住みやすい町。
 鯖トラのサバちゃん
2014年04月28日 (月) | 編集 |
14歳のサバちゃんが、茶ピーの命日の前日4/13に静かに息を引き取りました。
おそらくやっと14歳になったばかりだった気がします。産まれた月は不明なのです。

2年間に亡くなった茶ピーとは同腹で、おそらく数分遅れて生まれた弟だと思っていました。
甘えん坊で、でも、いつも控えめで、茶ピーに玩具をとられても、決して抵抗しなかったおとなしいサバちゃん。

東京から新幹線で連れ帰った猫たちは、みんな逝ってしまいました。

12歳を過ぎた頃から、ずいぶん痩せ始め、病院にもかかりましたが、好きなもの食べさせてあげて下さい
と言われ、歯も抜いたりしたので、残りの歯で食べられるものをあげるようにしていました。

亡くなる日の朝、いつものように、起こしに来てくれて、その日の夜、私の布団の上で、静かに息を引き取りました。
一番、飼い主思いの亡くなり方だった気がします。それでも「僕のこと忘れないでね」と言っているように、
茶ピーの前日に亡くなった気がします。たくさん看取ると、長く一緒に住んでいた猫の命日も忘れそうです。

「がんばったね。サバちゃん。」
他に何匹猫がいても長年一緒だった1匹がいなくなると、家から灯が消えたようです。
サバちゃんに常にくっついていた、家庭内ノラの黒猫の小チビちゃんは、どうしていいのかわからないようで、見ているこっちが辛かったです。
サバちゃん

後日、仕事で東京に行く機会に恵まれ、茶ピーやふくちゃんが亡くなったときにしたように、サバちゃんの写真を持って
サバちゃんが縄張りにしていた、杉並の公園を、ゆっくり散歩しました。
よく、3匹と一緒に散歩した場所です。

あの3匹と知り合わなければ、これほど猫のことを気をかける自分はいなかったと思います。
私はサバちゃんを入れたダンボールの棺に、花と手紙と六文銭と、餌と少しの水を供えました。

お寺で最期の挨拶をするとき、僧侶が、サバちゃんに、「またこの世に生まれるよう」言葉をかけてくださいと言いました。私はこう言いました。どの子をおくる時もいつも同じことを言います。

「サバちゃんたちは私と知り合うまで、外で苦労したんだから、私が逝くまで天国で待ってて。ちゃんと神様に、サバちゃんが苦労しないで可愛がってもらえるところにだけ、生まれるように話をするから、決して勝手に生まれ変っては駄目。」

飼い主のいない猫はやはり不憫だと思う私です。
5月からまた新しい場所でTNRを開始します。







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