飼い主のいない猫たちの地域での共生を目指します。 生き物に優しい町は人にとっても住みやすい町。
 保健所
2008年12月04日 (木) | 編集 |
ブログで行政叩きのようなことは決してしたくはなかったが、言わざる得ない気になった。
死んでいった猫のために書きたい。

私が住む学区は、野良猫が多い。
保健所への苦情も多いエリアだと聞いている。
何度か、会合を開いた。
その会合にはなぜか保健委員と称する人たちが保健所から呼ばれている。
保健委員さんは、住民から選出され、管轄のゴミの分別などもする。
暑い日、首にタオルを巻き、汗を拭き拭き、ゴミの分別をしている姿を見かけた人も多くいると思う。
専業主婦の人がほとんどで、ゴミの分別のほかにも保健所から細かな仕事を任せられると聞いている。いずれにせよ彼女たちの仕事は、無償での社会奉仕活動だ。つまり、ボランティアと言える。

保健委員さんたちは、保健所から野良猫の件で集まるように言われ、何度か会合を開いているが、
私は、野良猫問題と保健委員さんたちの因果関係は一体何なのだろうかと思っている。

もちろん、住民の代表としてこういうTNRや地域猫活動について知ってもらうのは大いに意味がある。だが、保健所が彼女たちにどのように話を持っていっているか定かでないが、
一部の保健委員さんたちから、猫の活動まで関わっている暇がない。という苦情が出始めた。
会合では、保健委員さんたちからも募金箱を置きましょう。などという話が出たが、一部の自発的に私費を使いTNRをしている奥さんたちに向かって、あなたたち、
ボランティアは、寄付を貰ってはいけないし、結局そんな面倒なこと、あなたたち、ボランティアがやればよい。言ってのける人がいたらしい。会合の場では言わないが、道で出くわすと「あなたたち!」「アナタタチ!」とまくし立てるらしい。
要は関わりたくないのである。でも大半がそうだからそれは仕方ない。私だって来年、仕事が一層忙しくなれば、おそらくあまり猫活動に関わっていられなくなる。みんな事情もある。

ゴミの分別も自発的にする奉仕活動であり、猫の手術もまたしかり。これも自発的にする奉仕活動である。手術をしている住民を「ボランティアさん」と呼ぶなら、それでも構わないが、
こういった骨の折れる活動は、人に押し付けられてすることではない。お金も絡んでくる。
やりたくもない保健委員をやらされて、おまけに野良猫の活動とくればほとんどの人はやりたくない。
寄付までしてくださいと言われる。こういう形では、100円もしたくないと言った保健委員さんもいたらしい。
そこまで言う人から100円も受け取りたくないと普通の人は感じるだろう。

あなたさえ余分なことを言わなければ、よけいなことをやらされることにならなかった。
私たちは、会合まで開いてやったのだからあとはやりなさいよ。と言い出す始末。会合に来るのも面倒だったに違いない。

これでは本末転倒である。
毒でも撒いて数を減らそうなどという話まで持ち上がっていた現場の住民から苦情があがり、保健所に電話をした。その結果、保健所は、保健委員さん経由で会合を開いた。これも不思議だ。どうして保健所自ら区の会長さんたちに発信しないのか。

そこで、自発的にTNRを行っている私たちが、野良猫をむやみに捕まえ殺すことは刑法に科せられる
犯罪だという事実を伝え、TNRやちいきねこ活動が一番数を減らすための効率的な方法であるということを捕獲器を見せながら参加者に話した。だけのことである。この方法は道徳面からも妥協できる。
問題を問題として捉え、それで一人でも多くの住民が参加するならその地区から野良猫の数はやがて減ってゆくことになる。地域猫活動のビデオも見てもらっている。
本来ならこんなことは行政が話すことだ。それをなぜか平日に仕事を休み、私たちが代わりにやっている。ところが保健所からはあなたたちがやろうといったことなんだから、保健所に一体何をしてもらいたいんですか?と言われる始末。なんのこと?へッ?である。

夜中の2時までかかって地区に配布する回覧用のチラシを作ったこともある。職員からは、深夜に旅行先から電話をもらい、「はよ作れーエール」を送られた。なんか変?我慢、ガマンと周囲の人たちに言われ続けたが、押さえる必要が無かったことが最近あっさりわかった。
これは世の常識である。常識を逸脱している種類の人には、言わなくてはわからないか、言ってもわからない。
良識を持った人にはこちらから普通に接していれば摩擦など生じない。

保健所の一職員から、保健委員にどのように話がいったか知れないが、
これは保健委員に押し付けられる半強制的ボランティア活動ではない。私たちはそんなことさらさら考えたことも期待したことも無い。
いつも声高の住民の顔色ばかりを伺って、方向性の無い保健所は、手っ取り早く保健委員を使おうと思ったのだろうか?だとしたら、軽薄すぎる。

この活動には3つの協力が必要だ。一番大きいのは住民の参加、2番目は保健所の旗振り、3番目はボランティアの協力。現状では2番目が最も遅れている。保健所は何をしていいのか、いまだオロオロ、住民の顔色ばかりを伺って、何のために会合に来ているのかもよくわからない。3者の中では唯一給料を貰って参加している人たちだ。持ってくる資料はいつも同じ。猫の「室内会の奨め」というパンフである。
こんなものにも随分お金かかってそうね。もったいない。とある奥さんがつぶやいた。この奥さんのだんなさんは市役所務めの役人だ。
ボランティアさんの中には、親戚が区長さんとか、いろんな人がいる。

これだけ繰り返し手術をしても問題になっている所から、今TNRや保護譲渡をしている人たちが何かしらの理由で辞めれば、猫の数はもっと増え保健所への苦情はうなぎのぼりに増えると思う。
毎年年2回、保健所への提出レポートには、個体の性別、捕獲地区まで記載しているのに一体レポートなど鼻でもかんで捨てているのだろうか。手術頭数の多い場所が一番苦情の多い場所と推定することもできるはずだ。なのに、そこの地区の会長さんたちから、この地区は猫の問題はありませんからうちは辞めておきます。という知らせを受け、辞める地区が2つもありますよ。あんたのせいだと言わんばかりに威勢よく私に電話をかけてくる。

あほかと言いたい。そこを説得するのが給料を貰って働いているあんたの仕事ドス。
一回民間企業で働いてみろと言いたい。ボランティアさんをいつも上から見下ろす横柄な態度に協力体制は砂糖で作った山のようにもろくも崩れる。これまで無理を言って会社を休み、会合に出席したが、意味があったのかどうか協力者みんなが疑問に思い始めている。

いつまでも外部の支援者や一部の人たちだけにさせている環境問題でもなかろうと思う。
保健委員の怒りの矛先をボランティアに向けるようなやり方をする保健所に真っ当な考えがあるのだろうか?
保健所は本来なら旗振りをする側だ。声高に叫ぶ住民をかわす為、一部のボランティア住民を楯にして、私たちを後ろから都合のいいように操るようなことはすべきでない。

それでもきちんとした考えを持って、前に立たされるなら目をつむり猫たちのために楯になっても構わない。でもそれができない人にされるのはごめんである。
人の都合で子宮や卵巣や睾丸を取られ、死んでいったピアス猫たちは決して報われない。

毎日見たことのない猫を見かけるこの地区の猫の頭数は、今のままの数の自発的にTNRを行う地域住民だけでは、到底追いつける数ではない。
手術後のメンテナンスにも住民の協力が不可欠だ。
幸い、地区の会長さんたちは、途中から会合に加わったにも関わらずこの活動の主旨を理解してくれている。
私が此処に住み、彼らが理解してくれている限りサポートをするつもりだ。人と人の心が通わないと一つのことをするにも円滑に事は進まない。

ここに住む子供たちへ、大人の小さな命に対する姿勢を見せてあげてほしいと思う。
環境問題として猫問題を捉え、やがて命への尊厳の大切さを心に留めてほしい。
地域から一人でも多く自発的に参加してくれる人が挙手してくれると良いと思う。

この活動にはもちろんお金も絡む。でも、うまく言えないが、自分の庭の掃除をするついでに
隣接する道路の掃除もするような美徳を持つ人たちが多くいる場所で早く効果が現れる気がする。

天白区の保健所からリリママ宛に手紙が届いた。
誠意のある内容だった。これから天白での地域猫活動が楽しみだ。






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