
2013年02月12日 (火) | 編集 |
2月10日、連休ど真ん中に「被災動物とペット防災を考える」というセミナーに参加しました。
かなりの長文,ご容赦です。
友達にも会いたかったので、久しぶりの上京。今回は単独、車でブーン。
行きは富士山くっきり。帰りは、
英語と日本語ちゃんぽん英会話を交え、アメリカ人のボラさんと友達夫婦でお食事~。
そのため、真っ暗でどこは知ってるのかもわからない遅い帰宅となりました。
猫達待ってるから、急いで安全にご帰宅。
さて、セミナー会場は、大勢の人でごった返していました。
外国人もチラホラ。
最初は、関東のボランティアさんが、震災直後から直近までの現地の状況について、スライドを交えて説明されました。
この方が話した複数のエピソードの中、雪が積もる寒い夜に誰にもみとられずに死んでいった福島の老犬の事がひどく印象的でした。
深い雪に覆われた敷地の一角に、古びた犬小屋があり、犬はその中にいました。
週に1回、ボランティアさんに、餌を貰いながら命を繋いできたこの老犬の飼い主さんをこのボラさんは知っていました。餌も水も凍っていた日が冬の間は何日もあったそうです。
飼い主さんに犬が弱ってきている状況も伝えていましたが、そのままそっとしておいてほしいと言われ、ボラさんたちは、保護することも病院へ連れてゆくこともしなかったそうです。
それが、いいとか悪いとかではなく、
改めてそれぞれの人たちのペットに対する意識の違いを感じた気がします。
すべての犬が、レインコートを着せてもらったり、シャンプーしてもらえるペットではなく、番犬だったりするわけです。
でも働く犬にとっても、飼い主は大好きな存在。20年近くも一緒にいた飼い主に、死ぬ前に絶対会いたかったと思うんです。寒い中、毛布にくるまれたまま、ひっそり亡くなっていた犬の横顔がとても
かわいそうでした。
その後、新潟の行政職員と、NPOの代表が中越地震後のペット救済の体験談などを紹介してくれました。
この話を聞き、私は新潟に対する意識がガラリと変わりました。
新潟、福島、地理的には近いのに。ペットへの扱いも大して変わりがないはずと、
そんな先入観を持っていましたが、新潟は普通に先進的です。
行政が旗を振り、ボランティアがサポートに回る。
市、県、獣医師、ボランティアの役割が明確に区別され整理されていました。
訓練も何回もしているそうで、
説明を聞く限り、理想的な展開だった気がします。
中でも市町村の役割として、
「ペット同伴用避難所、仮設住宅の設置と情報提供」と明記されていました。
自分の住む町は一体どうなっているのでしょうか?
新潟はいち早く福島からの数十組の被災者をペット同伴で受入れたと聞きます。
中越地震の後、仮設に同伴された犬たちはほとんどが去勢不妊手術を終えており、ワクチン接種もされていたらしいです。これに対し、福島の犬たちはほとんどが未手術で、ワクチンも未接種。
こういう事態に備え、地方の獣医師からの飼い主への日ごろの教育も必要と感じました。
「私たちは地震にあうたび、学習してきました。一匹も殺したくない」という新潟の職員の発言から熱意を感じました。
今の新潟知事は、震災翌日、42歳で就任し、就任したら地震対策一色!というおそらくこのために選ばれた知事じゃないかと思うほどのタイミングで就任した人です。
職員は就任したばかりの若い泉田知事にすぐ掛け合い、ペット同伴できる仮設住宅の承認を得てすぐ用意したと話していました。ペット同伴での避難に関するルールなども、
まさに実際に体験した人たちでないと気が付かないだろうなぁと思われるような細やかで役立つルールが着々と作られていました。
現在は、被災時、ペット同伴で入れる仮設住宅のマップを作成中とのこと。こんな町なら安心して住めます
。
新潟のNPOさんは、東日本大震災のときも、この体験をいかすべく、福島の行政にも掛け合ったらしいです。
福島の犬は番犬がほとんど、しつけもできていないし、仮設で同居できるような犬はいない。と福島の職員さんは言ったそうです。
確かにそーかもと、保護時、噛まれまくった私たちは納得しそうになりましたが。。
狭い仮設でも、やっぱり、犬たちは、飼い主のそばが一番。
同伴してもらえた番犬たちはみんな安心しうれしそうな表情。
NPOの代表の女性曰く、「ペットと離れると、飼い主の心はひどく病みます」
「震災で病み、離ればなれの環境でもっと病みます」
だからペットを救うと、飼い主に笑顔が戻り、心が軽くなり、ペットを介してのコミュニケーションが避難場所で広がる。
この気持ちはペットを飼った人にしかわからないかもしれない。
でも、今の日本には、子供を持つ世帯より、ペットを飼っている世帯の方が多いという統計も見せてもらいました。
「私は名古屋から来ましたが、保護などのボランティアもしているし、もし何か起きたら、どうせ避難所は複数猫の同伴など受けて入れてくれないから、私は行けません。だから実は地域の防災活動参加を積極的に考えたことがありません。」と言うと、
「それを先導するのは市です。市に働きかけなければいけません」と防災のため、犬猫の食料の備蓄や犬の防災訓練までしている新潟の職員の方が話してくれました。
日本は震災国。同伴での避難ができる、できないで、ペットの生死が決まります。とプレゼンターの皆さん口々におっしゃっていました。本当にその通りなんです。迷子札やマイクロチップはとても大事です。
被災地では、いまだに飼い主の元に戻れない犬猫がたくさんいます。餌を待つ未手術の地域ネコもたくさんいます。そして犬猫だけでなく、まだ生きている家畜のために継続して被災地に出向いている個人、団体がいます。
これを見て何を教訓とするか、それも私たちが決めること。ですよね。
かなりの長文,ご容赦です。
友達にも会いたかったので、久しぶりの上京。今回は単独、車でブーン。
行きは富士山くっきり。帰りは、
英語と日本語ちゃんぽん英会話を交え、アメリカ人のボラさんと友達夫婦でお食事~。
そのため、真っ暗でどこは知ってるのかもわからない遅い帰宅となりました。

猫達待ってるから、急いで安全にご帰宅。
さて、セミナー会場は、大勢の人でごった返していました。
外国人もチラホラ。
最初は、関東のボランティアさんが、震災直後から直近までの現地の状況について、スライドを交えて説明されました。
この方が話した複数のエピソードの中、雪が積もる寒い夜に誰にもみとられずに死んでいった福島の老犬の事がひどく印象的でした。
深い雪に覆われた敷地の一角に、古びた犬小屋があり、犬はその中にいました。
週に1回、ボランティアさんに、餌を貰いながら命を繋いできたこの老犬の飼い主さんをこのボラさんは知っていました。餌も水も凍っていた日が冬の間は何日もあったそうです。
飼い主さんに犬が弱ってきている状況も伝えていましたが、そのままそっとしておいてほしいと言われ、ボラさんたちは、保護することも病院へ連れてゆくこともしなかったそうです。
それが、いいとか悪いとかではなく、
改めてそれぞれの人たちのペットに対する意識の違いを感じた気がします。
すべての犬が、レインコートを着せてもらったり、シャンプーしてもらえるペットではなく、番犬だったりするわけです。
でも働く犬にとっても、飼い主は大好きな存在。20年近くも一緒にいた飼い主に、死ぬ前に絶対会いたかったと思うんです。寒い中、毛布にくるまれたまま、ひっそり亡くなっていた犬の横顔がとても
かわいそうでした。
その後、新潟の行政職員と、NPOの代表が中越地震後のペット救済の体験談などを紹介してくれました。
この話を聞き、私は新潟に対する意識がガラリと変わりました。
新潟、福島、地理的には近いのに。ペットへの扱いも大して変わりがないはずと、
そんな先入観を持っていましたが、新潟は普通に先進的です。
行政が旗を振り、ボランティアがサポートに回る。
市、県、獣医師、ボランティアの役割が明確に区別され整理されていました。
訓練も何回もしているそうで、
説明を聞く限り、理想的な展開だった気がします。
中でも市町村の役割として、
「ペット同伴用避難所、仮設住宅の設置と情報提供」と明記されていました。
自分の住む町は一体どうなっているのでしょうか?
新潟はいち早く福島からの数十組の被災者をペット同伴で受入れたと聞きます。
中越地震の後、仮設に同伴された犬たちはほとんどが去勢不妊手術を終えており、ワクチン接種もされていたらしいです。これに対し、福島の犬たちはほとんどが未手術で、ワクチンも未接種。
こういう事態に備え、地方の獣医師からの飼い主への日ごろの教育も必要と感じました。
「私たちは地震にあうたび、学習してきました。一匹も殺したくない」という新潟の職員の発言から熱意を感じました。
今の新潟知事は、震災翌日、42歳で就任し、就任したら地震対策一色!というおそらくこのために選ばれた知事じゃないかと思うほどのタイミングで就任した人です。
職員は就任したばかりの若い泉田知事にすぐ掛け合い、ペット同伴できる仮設住宅の承認を得てすぐ用意したと話していました。ペット同伴での避難に関するルールなども、
まさに実際に体験した人たちでないと気が付かないだろうなぁと思われるような細やかで役立つルールが着々と作られていました。
現在は、被災時、ペット同伴で入れる仮設住宅のマップを作成中とのこと。こんな町なら安心して住めます

新潟のNPOさんは、東日本大震災のときも、この体験をいかすべく、福島の行政にも掛け合ったらしいです。
福島の犬は番犬がほとんど、しつけもできていないし、仮設で同居できるような犬はいない。と福島の職員さんは言ったそうです。
確かにそーかもと、保護時、噛まれまくった私たちは納得しそうになりましたが。。
狭い仮設でも、やっぱり、犬たちは、飼い主のそばが一番。
同伴してもらえた番犬たちはみんな安心しうれしそうな表情。
NPOの代表の女性曰く、「ペットと離れると、飼い主の心はひどく病みます」
「震災で病み、離ればなれの環境でもっと病みます」
だからペットを救うと、飼い主に笑顔が戻り、心が軽くなり、ペットを介してのコミュニケーションが避難場所で広がる。
この気持ちはペットを飼った人にしかわからないかもしれない。
でも、今の日本には、子供を持つ世帯より、ペットを飼っている世帯の方が多いという統計も見せてもらいました。
「私は名古屋から来ましたが、保護などのボランティアもしているし、もし何か起きたら、どうせ避難所は複数猫の同伴など受けて入れてくれないから、私は行けません。だから実は地域の防災活動参加を積極的に考えたことがありません。」と言うと、
「それを先導するのは市です。市に働きかけなければいけません」と防災のため、犬猫の食料の備蓄や犬の防災訓練までしている新潟の職員の方が話してくれました。
日本は震災国。同伴での避難ができる、できないで、ペットの生死が決まります。とプレゼンターの皆さん口々におっしゃっていました。本当にその通りなんです。迷子札やマイクロチップはとても大事です。
被災地では、いまだに飼い主の元に戻れない犬猫がたくさんいます。餌を待つ未手術の地域ネコもたくさんいます。そして犬猫だけでなく、まだ生きている家畜のために継続して被災地に出向いている個人、団体がいます。
これを見て何を教訓とするか、それも私たちが決めること。ですよね。
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