飼い主のいない猫たちの地域での共生を目指します。 生き物に優しい町は人にとっても住みやすい町。
 シャチのナミちゃん
2011年01月16日 (日) | 編集 |
シャチのナミちゃんがやっと家族の元に帰っていった。死んでやっと帰れた。
昨年の夏からずーっとかわいそうだなぁと思っていた。

昨年の夏の終わりに初めて名古屋港水族館でシャチを間近に見た。
すごく寂しそうに長い時間ずーっとぽっかり狭いプールの脇に浮いていたのを思い出す。
その後、妹から、日本は遅れているよね。メキシコのウィリーはノルウェーの湾に返されたんだよ。
とメキシコに長く住んでいた妹から聞かされた。ノルウェーの湾に帰ったウィリーは家族や仲間がいないことを知って、湾に戻り、結局、捕獲した猟師や学者たちに面倒をみてもらいながら余生をおくったと聞いた。
フリーウィリーの映画を見て、シャチが家族で仲良く暮らす、頭のいい動物だと知った。
子供を悲しそうな声で呼ぶ母シャチの姿が印象的だった。

水族館の管理組合が5億円を捻出して串本から買い入れたらしいが、人は、ああいう動物をそっと見守ってやる優しさをもたないといけないと思う。

シャチは外洋にいれば60年や80年も生きられる動物らしい。それがたったの25年。名古屋のプールは
串本のプールとは作りが違うし、ナミちゃんにはすごいストレスだったと思う。串本から名古屋に移送されてたったの7ヶ月で死んでしまった。慰霊碑を建立してあげるべきだと思う。

10月ごろから体調が悪かったらしい。ちょうど水族館に電話で私が問い合わせた時期だったみたいだ。
「元気なく見えましたが、クーちゃんみたいに、死んだりするんじゃないですか?」と電話した。

ナミちゃんが死んでまた鴨川の水族館からシャチが移送される予定になっているらしいが、名古屋水族館の館長はちょっとおかしいのではないかと思う。人は欲をかくと、盲目になるのか。
2匹死なせておいてまだ懲りないんだ。人工繁殖なんてマジでできると思っているのかしら?

ふくちゃんBlogは猫のことからだんだん遠ざかっていく気がしている。


 熊の森
2010年10月31日 (日) | 編集 |
昨年はどんぐりが豊作だった。豊作だった翌年、凶作になることが多いらしい。
猫問題への取り組みも、変わらずしてゆくつもりだけど、里山再生の活動に何かしら関与していたいと
前々から思っている。

過疎化がすすみ、限界集落では、山を管理する人もおらず、戦後の植林で荒れ果てた山がまだ多く残る。
国内産の木の価格が暴落していて、林業で食べて行くのはとても厳しいと聞く。
産業がないから木の価値が一向に上がらず、山の管理は一層されない。

小さな島国に熊がまだ生息しているのは、イギリス人なんかは信じられないと言う。
これまで共存ができていたのに、今年の殺処分頭数は半端ではない。

先日COP10に行ってきた。仲間のTさんたちが、ブースを出展していて、覘かせて貰った。
狭い掘っ立て小屋のような場所に、山や川や森を守る活動をしている小さな任意団体が所狭しと
ひしめき合っていた。そこにTさんの、殺処分頭数とCO2の排出量を書いたパネルがあった。
日本では1年間に殺処分された犬猫から排出されるCO2は樹齢50年の杉6万本分の吸収量らしい。
殺す人がそんなことをいちいち考えてるとは思えないけど、保健所で処分される犬猫を思うと
かわいそうで仕方ない。

100m先までピンポイントで狙って撃てる銃で殺される母熊たち。残された小熊は熊牧場にでもつれてゆかれるのだろか。
熊牧場なんて行ったこともないけれど、ここではどういう飼育がされているのか気になるところだ。
手厚く世話がされているのだろうか?

人工林を持つ山のオーナーが森林組合などと協力して、死んだ森の木を間伐し、手入れをしてくれるよう
行政はもっと積極的に動くべきだと思う。

環境省のブースにも立ち寄った。アンケートにお答えくださいと女性が近寄ってきた。くだらないアンケート。
外来種を処分するために捕まえるわなまで丁寧に展示されていた。
外来種を入れたのは、国。その外来種を害獣扱いして処分しているのもまた国。アライグマや亀に罪はないはず。
なぜ許可をしたのか。お金儲けの支援のために応援した。

いったいいつまで、植樹も、犬猫の処分も民間企業や民間人に
頼るつもりなのか。環境省にアンケートを取りたいのは実は私たち!!







 街中の狸
2010年10月20日 (水) | 編集 |
今日、とんでもない場面に出くわした。

帰り道、自転車をこいでいると道路の反対側に狸を目撃。
というか、狸は私を鶏肉を撒くえさやりさんと勘違いしたらしい。
私の目を見ながら、まっすぐ走ってくる!うちの猫たちの1.5倍くらいはある。

ひぇーっ!電柱の横で狸が餌を待ってるなんて、どうなっちゃってるのこの街は!
無垢な目で一生懸命追いかけてきた。狸に追いかけられたことなんて産まれて初めてで
心臓がドキドキした。

私は怖くなって、自転車のスピードを一気にあげて狸から逃げ切ろうとした。

途中、振り返ると、狸が寂しそうな目で諦めて追いかける足を止めた。。。
かわいそうな狸。えさやりさんが猫に撒く鶏肉が欲しかったのだとすぐにわかった。

家に帰り、妹にその話をすると、どうして食べ物をあげなかったのかと責められた。
猫やら狸やら、そんなに沢山面倒みられないよー。
いっそのこと山でも借りてみんなでそこに住んじゃえばいいのかも知れない。でも仕事はどーするの?

ご近所にTNRのためのプロテクションケージを貸し、使い方の説明を終えて一旦帰宅。
その後、狸のことが気になり見かけた場所にりんごを持って出かけたが、もうその場所に可愛そうな狸はいなかった。

野生動物の居場所がない。
平針の山はどうなってしまうんだろう。
生き物を可愛がらない国は、とんだしっぺ返しを受けると思う。

今年は山もどんぐりが不作で、熊が街中で撃たれて殺されている。
10年も野生で一生懸命生きてきた日本固有の美しい動物が簡単に殺される現実は
あまりにも痛ましい。

知り合いが、山を借りて間伐をしている。間伐をすればあとは勝手に芽吹くと言うけど、
そんなのんびりした話もしていられない気がする。植樹をして木を育てないといけないと思う。
明日も狸に会ったら逃げないで、何が欲しいか聞いてみようと思う。

 携帯電話に殺されるゴリラたち
2010年05月14日 (金) | 編集 |
「愛は霧のかなたに」という映画をご存知でしょうか?
アメリカ映画でオリジナルの題は、"Gorillas in the Mist” 直訳すると「霧の中のゴリラたち」
どこで見たか記憶にも無いけど、何も知らず友達に誘われ見た映画。
この映画を見終えたときのショックは相当だった。
事実に基づいて作られた動物学者とゴリラの話。
舞台は中央アフリカ。アメリカ人の女性学者がゴリラの生態を研究するために中央アフリカの森の中で生活し彼らの観察を続ける。

奥深い森の中で生きるゴリラたちはお互いをいたわりあいながら仲間同士で仲睦まじく静かに暮らす心優しい生き物。そこには人間の欲とは無縁の平和があった。学者は次第にゴリラと仲良くなる。
ところが、中央アフリカ辺りは部族紛争などがその頃も起きていてそのせいで皆貧しく勿論学校なんかも行けず、お金を得るため密猟者が野生動物を捕獲し売買する蛮行が繰り返し行われていた。
ゴリラは4年に1回お産をし、離乳後もお母さんと子供は長いこと一緒にいる。
幼くして親から話されると、寂しさから死んでしまうらしい。

ゴリラは、とてもセンシティブで家族の絆を必要とする動物だとその映画を通じて知った。
密猟者はとにかく捕獲するために母親が子供を抱く腕を斧で根こそぎ切り落とし子供達を持ち去る。
リーダーであるオスのゴリラは群れを守るために必死に威嚇するが、人の持つ武器の前に何の抵抗もできず、子供を抱え悲鳴をあげながら逃げ惑う仲間と共に殺されてゆく。森は一瞬で血一色になる。

この映画を見て私は、私たちにとっては想像を絶するこういう形の野生動物の殺戮が地球の裏側で起こっていることを知った。美しい森と、そこにひっそり住む動物と、ゴリラを必死に守ろうとする外国人の学者と、容赦なく斧を振りかざす原住民。
女性学者は結局、ゴリラたちと一緒に原住民により殺されてしまった。今から20年前以上の話。

この惨事が携帯電話の波及と共にいまだに繰り返されていることを知った。
あの当時より一層悪化しているようだ。
ここ数年間、年間300頭のゴリラが殺されている。食用のためらしい。ブッシュミートと呼ばれるものだ。オーストラリアの甥がこの話を話していたが、あちらでは学校でそういったことも
教わるようだ。

人の欲しがる貴重な資源はゴリラが生息する奥深い場所近くにあることが多い。
携帯や電子機器に使われる材料がこういった地帯の鉱山から採れるため、人間が入ることで、ゴリラが捕獲しやすくなり、現地人は殺して食べるという行為を繰り返しているそうだ。
聞いているだけではぴんと来ないと思うけど、写真を見るとその事実が一瞬で理解できる。
こういう写真を見せるのは非常につらいけど、私のブログを見てくれてる人達だから事実を見て欲しいと思います。
http://bushmeat.net/photos.html
外国のサイトだけど、写真だけで何が起こっているのか理解できる。

親を亡くした子供のゴリラが収容されている孤児院には手足の無い子供ゴリラがたくさんいる。夢であって欲しいと思うような痛ましい光景。
ピューリッツァー賞を受賞したカメラマンの写真には、白い鍋に入れられたゴリラの頭が写っていた。紛争が絶えず起きているような国には密漁の規則もなく、密猟者が捕らえられ厳しい罰則が適応されることもほとんど無いと聞く。結局はやりたい放題。子供を学校に行かせたいために密漁の手配をしている人もいると聞いた。

先進国の勝手便利な生活はこういう動物たちの犠牲の上にあるということをまじまじと思い知らされた。
昨今世間でよく聞く企業の社会的責任

企業の社会的な責任とは こういう現実に対し、然るべき措置を取るべき事だと思う。
何が理由で殺されているのか、食料なのか、お金なのか、

巨額な富を得ている企業はCMばかりに何億円も使わずに、こういう殺戮が繰り返されないよう知恵を絞りそのために資金を使うべきだと思う。

地球の裏側で起きている自分達が引火させたこの惨事の代償を払う取り組みを策定し実行すべきだ。
「植樹してます」「リサイクルしてます」「井戸掘っています」
これだけに留まるならCSRは企業のイメージアップのためだけの飾りになっている気がしてきた。

弱者に犠牲を強いて荒稼ぎをしている企業は貧困国で起きている惨事に対する責任を問われるべきだと思う。
斧やライフルで母ゴリラから引き離され弱って死んでゆく可愛そうな生き物達。
こんなことが未来永劫許されるとは思いたくない。